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邂逅(前)

 

「ほう、今日もいい天気じゃわい」
店先に箒を手にして出た老人は、空を見上げてにかりと笑う。
目の前に広がるのは青空。雲ひとつないというのは久々だろう。日本にしては珍しい、からりと乾燥した空気。
ふ、と思い出された異国の風が、彼の心をちくりと刺す。

異国の遺跡を訪れたのは初めてではない。いくつもの賭けに勝ち、生き残ってきた自負はある。
それでも、あの地で一度は死を覚悟した。底の見えない穴に落ちかけた時だ。

だが、意識を手放そうとした瞬間聞こえた声。手を差し出した姿。
それが、自分を救った。意識を失うことなく這い上がり、進んだ先であのパズルを手に入れた。
そしてそれが、孫の手により組み立てられ、幾ばくかの時が過ぎたころ、今一度あの国を訪れたとき経験した闘いが、いまだに彼の心に残っている。

すさまじいまでの闘いだった。
期せずして命のやり取りをしたことは彼にもある。裏で『闇のゲーム』と呼ばれていたものも知っている。
それでも、老人にとってあれは初めて見るものだった。繰り出される戦術。相手の裏の裏を読み繰り出す攻撃。罠。一進一退。そして、 圧倒的不利からの―――――勝利。
勝ち得たのは王ではなく孫だった。孫は王に安らぎを与えるために戦い、勝利した。敗れた王はその剣を手放し、逝くべき場所へと消えていった。
だが。あの時。
戦いの直後。
勝者である孫は涙を流した。
さまざまな想いがあったのだろう。背中合わせの、決して分かたれることのなかった存在。それを見送らなければならない、見送ると決意しても、やはり消せなかった想いもあったのだろう。究極ともいえる二者択一。どれほどの哀しみを、まだ幼さの消えなかった孫は背負ってしまったのだろうか。
「……」
ふう、とため息をついた老人は思う。
あれから孫は泣かなくなった。無論、表情はある。感情もよく表面に現す子だ。喜怒哀楽、家族や友人の前ではよくわかる表情を見せる。
だがそれでも、涙だけは見せなくなった。
強くなったといえばそうだろう。あの別れは、子供が強くなるためには必要なものだったのだということはわかる。だが。
泣かない、という今の状態がいいとは、言えないのではないか。

ぼんやりと箒も動かさすにいると、視線の先に黒い革靴が飛び込んできた。空を見上げていたはずなのにいつの間にか俯いている。
いかんいかんと軽く頭を振った時、声がかけられた。
「元気だったか?」

記憶の奥深いところに残る声色は低く耳に心地よい。聞いたことのある音はそう、孫のものによく似ていて、けれどもっと懐かしい。
がばりと顔を上げる。大きく見開いた目に映る、赤。
あの闇の中で手を差し伸べてくれた懐かしい色彩。
「―――――おまえ、さんは」
言葉が出ない。孫によく似た、でももっと大人びた、褐色肌の青年。その彼が、目の前で微笑んでいる。
あの時光の中に還った、懐かしい古のファラオ。
「ただいま。シモン」

記憶にないはずの、よく知った名前。
そう呼ばれた老人、武藤双六は、静かに眼を閉じる。
じわりと溢れ出した涙の理由は理解できないまま。

>>>NEXT?

注記*続かせるつもりはなかったのですが、思いのほか長くなってしまったのでここでいったん切ります。じいちゃんと王様を再会させたかった…!
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