Planet Of Dragon+

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時待ちの流星群

 

ぱちり、と。乾いた薪のはぜる音が大きく響いて、彼ははっと我に返った。知らぬ間に呆けていたのだろうか。周囲を照らすのは焚き火のぼんやりとした明かりだけ。音はない。
先ほどまで休みなくしゃべっていた同行者に視線を移せば、少しばかり幼さの残る青年はかぶっていたブランケットに埋もれるようにして寝息を立てていた。大の大人に思うことではないだろうが、かわいく見えてしまう。 ふと口元を緩めると、青年の背後から声ならぬ声が上がった。
『眠っちまったね』
ついと顔を上げると、そこには大きな翼を持つ精霊がいる。やれやれといった表情で少年を見下ろすその瞳は一見きついけれど、その奥に優しい光がある。
「君たちは街で待っててくれてもよかったんだよ?」
精霊の世界から戻ってきた青年とこの精霊にばったり出くわしたのは、街を出る直前のことだ。顔を合わせたとき、青年は見るからにぐったりと疲れたような表情をしていた。それがこちらを認めるなりぱあっと明るくなって、まるで雲の間から光が差すように思えてしまって、青年のわがままを押し通されてしまったのだけれど。
「やっぱり疲れてたんじゃないのかなあ」
無茶させちゃったみたいで、ごめんね、と。
青年の一部である精霊に謝れば、黒い翼を僅かに動かした精霊はフンと鼻先で笑った。
『決闘王、オマエが気にする事じゃない。むしろ付いていくと意地になっていたのは十代だ。ひとつの仕事ですべての力を使い果たしたらどういうことになるか、身を以って知るいいチャンスだろうよ。
それにしたって……まだまだ子供だね』
最後の一言だけ、声が柔らかい。
「……まあ、十代くんらしくていいんじゃないかな」
はは、と笑い声を上げて、彼は空を仰ぐ。

地球の中心、世界のへそ。
聖地ウルル。
何の気なしにこの地に来て、気の向くまま真夜中、聖地の傍で空を見る。ただ、それだけ。
正直、自分が何をしたかったのかもわからない。
ただ、今のこの静寂は―――――酷く、似ている。
人工的な音が一切ない。あるのは風や虫の声や炎によって気のはぜる音。
あの地も、こうだった。
今も、同じだろうか。

『決闘王』
ただ静かに空を見上げていた彼に、精霊が声をかける。満天の星から視線だけを離し、こちらに向ける彼の表情は、ともすれば泣いているようでもあった。が、精霊は軽く目を細めただけで、言葉をつなげる。
『オマエは、何を望んでいる。今この世界を、オマエが駆ける理由は何だい?』
ぎらりと、二つの色彩が輝く。光と闇のオッドアイ。それがじっと、彼を見つめている。彼の持つヴァイオレットの奥の奥、深く沈んだものを見つけ出そうとするように。
『ボクには、見える。オマエは、何かを』
「……ユベル」
深く深く更に探ろうとしたそれは、やわらかく、それでいて強い意志を持つ声によって遮られた。
「それ以上は、僕の心の領域を侵すことになる。いかに精霊とて入り込むことは―――――許さないよ」
威嚇は含まれていない。けれども強い強制力を纏うそれに、精霊は息を呑む。一瞬だけでも入ってしまった力を抜いて、精霊は苦笑した。
『流石だね。その名を冠することだけはある。
悪かった。もうしないよ』
「―――――わかってくれれば、いいよ」
威圧感を纏っていた彼がころりといつもの彼に変わる。これが決闘王なのかと、精霊は内心で驚いていた。細身の身体のどこにこれだけの気迫を秘めているのか。
―――――だからこそ、『覇王』である十代も惹かれているのかもしれない。

「それにしても、ここは、星がすごいね」
手を伸ばせば届きそうだ、と。
そのまま指を伸ばす姿は、『決闘王』でも大人でもなく、まだまだ子供っぽいそれで。
精霊は目を細める。
『ああ、ここは中心部だからね。よく見えるんだ』
つい、とつられる様に空を見上げる。そろそろ、か。
「まるで、降っ……!」
言いかけた彼も、言葉を飲み込んだ。
その瞳に、光が映りこんでいる。

ざあと、音が聞こえるような、幾千、幾万の細かな光。それらがいっせいに煌く尾を引いて流れていく。まるで光の雨だ。地に降り注ぐのではなく、現れ、流れては消えていく。どこか違う場所へと。
「これ、は」
大きく見開かれた瞳に、精霊も目を丸くする。
『驚いた。オマエにはこれが見えるのか。この流れが』
「あ、あ。見える。なんて、凄い―――――」
一つ一つの光の色彩が違う。景色が、違う。
時刻が夜なのは判っている。辺りが暗いのも判っている。それでもこの小さな光の奔流は確かにある。
『これはね、時の流れなんだ。ひとつひとつにそれぞれの物語がある。痛み、哀しみ、苦しみ……そして喜び。全てが同じではない、時の軌跡。ここは世界の中心部。すべてを見渡せる場所だ。だから、ここでだからこそ見える、すべての時間の流れなんだ』
雨のような光の洪水。人間の身では、呆然と見送ることしか出来ないもの。
と、その中のひとつが不意に軌道を変え彼に迫ってきた。
「?!」
『!』
とっさのことに、彼も精霊も反応が遅れる。
反射的に目を閉じた彼の目の前でふんわりと止まって、その光は淡く瞬く。
――――― 。
声ならぬ声、音ならぬ音。
それは、よく知っている―――――

『アンタの願いは、叶うようだね。武藤遊戯』
いつの間にか消えた光の残響と微笑んだ精霊、ユベルの声が、彼の耳に優しく溶けた。


「……」
ぶっすう、とむくれたまま、遊城十代は宿泊したモーテルの出口で待機していた。
安宿だけあって、支払っているところまで見える。オーストラリアの比較的安全な地域だからだろうか、支払っている人は絡まれているわけではないようだ。大方肩書きがばれてサイン攻めにあっているといったところだろうか。
「……に、しても」
思い起こして再び眉間にしわが増える。
だって納得がいかない。
『なんだい辛気臭い顔して。これから決闘王と一緒なんだろう?そんな怖い顔してたら嫌われるよ』
からかうように降ってくる声。はあっとため息を吐いて、十代は振り返った。
「なあユベル。昨日の夜なんかあったのか?」
『あ?なんかって、なんだ?』
しかし十台の問いかけに精霊はしれっと問いかけで返す。お前いい根性になったよなあと引きつりながら、十代は更に食って掛かった。
「だって!遊戯さんなんか、いつもと笑い顔が違うだろ?!絶対なんかあったって!ユベルお前、ずっと起きてたんだろ?だったら知ってるはずだろ?!」
『ちょっと少しは静かにしなよ。決闘王は目立つと大変なんだろ』
「そうだけどおお!」

ぎゃあぎゃあ言い合いを続けていると、当の本人がゆっくりした足取りで近づいてきた。
「仲いいんだねえ」
のほほんと、そんなことを言ってのける決闘王はいつもの黒一色を身に纏い、にこりと笑顔を見せる。
それを見て、十代が動きを止める。
「……遊戯さん」「ん?」
かすかに首をかしげるしぐさも普通と変わらない。
でも、瞳が。
瞳の奥が、明らかに違う。
青の強い菫色。そこに時折、光るように、赤が混じるような気が、する。
じいっと見つめていると、少しだけ困ったように決闘王は笑った。
「やっぱり疲れていたんでしょう。もうちょっとこのあたりで休んでいったほうがいいよ。
ボクは仕事があるから、先に失礼するね。じゃあまた、十代くん」
「あ」
まって、と伸ばそうとした手はむなしく宙をつかむ。どうしても、近寄れない、近寄ってはいけない部分があるようで、十代はなかなか決闘王を捕まえられないでいる。
伸ばした手をそのままに、視線だけは背中を追いかけていると、決闘王は振り返って小さく微笑んだ。
「またすぐに会えるよ。十代くん、ユベル。旅の間、気をつけてね」
その、笑顔が。暖かくて。柔らかくて。
しらない、もので。
十代の心が激しく揺れる。


十代の
決闘王、武藤遊戯の
虫の知らせが確定するのは、それから数時間後のこと。


Fin

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