Planet Of Dragon+

http://planet-d.jp

Sample

約束

 

「その不調、僕がいるときに起こってくれればよかったのに〜」
へらり、と笑う漠良くんの頬が赤い。その周囲を見回せば転がるビールやチューハイ、ハイボールの缶。加えてウイスキーの瓶まである。その量は、いつの間に持ち込んでいたのかと呆れるほど。
「いやでもさ、巻き込まれてたかもしれないし、結構大事になっちゃってたかもよ……?」
「もー、やだなあ水くさいよ遊戯くん。変だーって思った時点で僕に言ってくっればお守りの一つや二つ……むしろデッキお守り代わりに貸してあげたのにぃ」
ずい、と顔を近づけられて相棒が目を白黒差せている。「彼」の決闘を思い出しているのだろう。
確かに、バクラくんの持つアンデッドデッキは強力だ。だがあれはお守りとやらの代わりになるものなのか?余計危険なような気もするが。
「でもよかったじゃん。もうひとりのユウギくんも戻ってきたわけだし。今日はそのお祝いでしょー。さあ呑んで呑んで」
「わ」
相棒の側によって、にこにこと極上の笑顔を向けながらも、漠良くんが相棒のグラスに酒を継ぎ足していく。大丈夫なのかと声をかけようとしたとき、不意に肩をたたかれた。振り返ると呆れたような表情の本田くんがいる。
「あーあー。完全に出来上がってるな。漠良の奴」
「ここのところなんやかやで徹夜続きだもんねえ。クリエイターは大変だ」
その隣からこちらも少しばかり疲れた表情の御伽くんが苦笑いを浮かべていた。大変だと言うなら漠良くんと組んで新しく会社を立ち上げた御伽くんこそ大変だろう。
そっちこそ大丈夫なのかと問いかけると「僕はあんまり呑んでないから」と肩をすくめられた。
……それにしても。
もう一度相棒に目を向けると、少しずつではあるがグラスの中身が減っている。あまり呑む方ではないはずだが、呑まずにもいられないのだろう。見ていて心配になってくる。
「しかし、あまり呑ませすぎは良くない。相棒はついこの間退院したばかりなんだぜ」
「あー、いくら何でも漠良だってわかってると思うぞ。呑む量と勧める量にものすげー差があるだろ。
あいつが本気で呑ませようと思ったら、自分が呑んでる同量を勢いで呑まされるぜ」
「本田くん、それで前偉い目みてるもんねー」
詳しいことはわからないがガクリとうなだれる本田くんに笑う御伽くん。しかし、その発言は余計心配になってしまうのだが……
「まあ、問題はないよ。
遊戯くんの事は僕たちが見てるからさ、君はちょっと」
「?」
「ゆーぎぃ。ちょっと、かいものつきあえーーー!」
がっちり背後から回った腕に身体ごと捕まえられて、そのまま引きずられる。
「城之内くん?」
必要なものは用意してあったはずだが、と目線だけで振り返ると、口元だけは笑みの形をした真剣な瞳に射すくめられた。
「いーから、いーから!」
「……」
く、と細められた目。こんな表情を見ると、彼も決闘者だと言うことを思い知る。
「……ああ」
何かあるなと、静かに立ち上がりそのまま部屋を出た。

実家とは別に、現在の相棒の自宅はマンションだ。
その外、駐車場に連れ出されたオレは、背を向けたままの城之内くんに問いかける。
「どうしたんだ?城之内くん」
「んー」
しかし、彼は振り返らない。駐車場を照らす明かりでも見えない。
「城之内くん?」
具合でも悪いのかと、一歩足を踏み出し肩に手をかけたときだった。
「っ?!」
どす、と腹部につき入れられた拳。まるで予測していなかった一撃に息が止まる。
「……っ、なに、を」
受け身がほとんどとれなかった。遅れてやってくる痛みにくずおれないのがやっと。しかし容赦ない拳をたたき込んでくれた本人はその手をひらひらと振り「……テェ」と顔をしかめている。
「ホンット、お前、どこで鍛えてきてるんだよ……不意打ちなのにこっちにもダメージきてるぜ」
「じょう、の、うち、く」
かふ、と息を吐き出し見上げると、強い力で襟元を捕まれる。そのまま引き寄せられて言葉を出せない。
「……なあ、ユウギ」
目の前に迫った親友は、いつになく真剣な瞳をしていた。

「お前と遊戯が決めたことだ。俺たちは多分、何も言えないんだろうと思う。言っちゃいけないんだろうと思う」
静かに語られるのはあの闘い。この親友も確かにあの場所にいた。最後の最後に、オレを「遊戯」と呼んだのは彼だった。
仲間だと告げてくれたあの言葉をオレは忘れない。
その彼が、決闘以上の迫力でオレに何かを伝えようとしている。
オレは、動けない。
「でもな、判ってるけど言わせてくれ」
戻ってきたなら。そう望んだなら。
言ってうつむく彼の手は、いつしか襟元ではなく肩をつかんでいる。
「もう、あいつにあんな笑い顔させんなよ……!」

穏やかに微笑んでいるようには見えるけれど。
あんなの全然笑ってない。
あの屈託のない、周りさえ引き込むような笑顔が切なげなものに変わってしまったと。
親友の言葉に痛みが消える。
「……遊戯も、決めてたことだと思う。
けどな、どんなに決めてても、決めてるつもりでも。
後になって思い知るなんてのは、よくあることなんだぜ……!」
「城之内、くん」
ずい、と近づけられた瞳は、殴られたオレよりも痛そうに見えた。
「だから、オレには難しいことはよく分からねえけど。
お前が、お前たちがそう望んで今があるのなら。
もう二度と」
あんな。悲しそうな顔させるんじゃねえ。

「……ああ」
一発、腹部を打たれた痛みは、ほんの一部だろう。
これ以上のものを友に、誰よりも相棒に感じさせていたのかと思うと、いくら後悔してもしたりない。

だから、もう二度と。

「もう、そんなことはさせないぜ」
「……そうか」
その言葉、忘れるんじゃねぇぞ。

そう交わす約束は、静かに闇へと溶けてゆく。


「ね、遊戯くん」
ふ、と止まった空気。顔を上げるとそこには穏やかな表情の漠良くんがいる。
「今、幸せ?」
静かで優しい問いかけが何を示すかなんて、判りきっている。誤魔化す必要ももう、ない。
「―――――うん」
頷いて少しの間、ボクは目を閉じる。

彼が、光の先に還ってから。
ボクは一人で歩いてきた。もちろんボクだけの力じゃないのは判ってる。
城之内くん、本田くん、獏良くん、御伽くん、海馬くんとモクバくん。
杏子やじーちゃん。決闘者のみんな。たくさんの人がいてくれた。
けれど、それはもうひとりのボクが導いてくれたから出会えた仲間で。
やっぱり、心のどこかでもうひとりのボクを忘れることも消すことも出来なくて。
判っていても、あの穴を埋めることは出来なかったんだ。

だから、今。
「幸せ、だよ。すごく」
何が幸せなのか、よくわかる。
これが幸せでないなら何が幸せなんだと聞いてしまうくらいには。
「……そっか」
頷きながら、こちらが見ほれるほどの笑顔を獏良くんが浮かべた。優しい目が穏やかにボクを見つめてくる。
「ね、遊戯くん。
幸せでいなきゃだめだよ。君は、君たちはずっと辛かったんだから。
君は優しい。優しすぎるから。他の誰かを優先してしまって自分たちの事をあまり考えてなかった。
だから。
これからは、君たちが幸せにならないと。
君たちのこれからの仕事はまず第一に、幸せであること。
それだけは肝に銘じておいてね」
言って、漠良くんは腰を上げる。あれだけ呑んでいるのに全く酔っていない所作で。
すると向かい側で同じように微笑んでいた本田くんと御伽くんも立ち上がった。
「頃合い、かなあ」
「だろーな。通過儀礼も終了してるだろ」
「本気でやったらきっとユウギくんのが強いだろうけどねー」
にこにこと交わされる言葉の中に、もうひとりのボクの名が出てきて、ボクは驚いてしまった。そう言えば気づいてなかったけど、城之内くんともうひとりのボクがいない。
「って、え?城之内くんともうひとりのボクは?!」
思わず大声を出してしまい、三人にそろって笑われた。
「そんなに心配しないでも戻ってくるよ。城之内くんが親友として話したいことがあったんだって」
「まー、お約束ってやつかな」
「遊戯であれじゃあ、静香ちゃんのときはどうなるやら」
とか、言いながら三人が部屋を出て行く。
「じゃあ、僕たち帰るから。詳しいことは戻って来たらユウギくんから聞いてね」

そう言い残す彼らを止める暇もなくて。
部屋の中にぽつんと残されたボクは、しばらく呆然と、飲み散らかされた瓶や缶を眺めていることしかできなかった。

 

 



*後悔は先には出来ません。後になってするからこそ『後悔』といいます。そして、遊戯さんは多かれ少なかれ後悔っぽいものをすると思うのです。後悔と呼ばないまでも悲しむでしょう。それを一番近くで見ているだろう人が城之内くんで、だから見かねる部分もあると思います。城之内くんにとって、遊戯さんは同い年でも親友でも、弟みたいなもんなんでもあると思うのです。

SS Back