Planet Of Dragon+

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王国

 

いつからここにいるのか、もう覚えていない。
どれほどの時間が過ぎていったのかもわからない。
ただ、柔らかく暖かな光がこの広い王宮に射し込んでいて、凍えることも飢えることもない。
……思考の片隅で、これはおかしいと、変だ、と。
何かが声を上げるけれど。
翡翠の玉座はあり得ないほどの温もりと安心感を与えてくれるから、違和感が徐々にしぼんでいってしまう。
でも、と脳裏に最後の叫びが響いたとき。
「相棒」
それをかき消すように、真正面の入り口から声が上がる。
いつもいつも、このタイミングで。
「もうひとりの、ボク」
ぽっかりと口をあけたような闇。そこから現れ広間に入ってくる君の瞳はいつも優しく微笑んでいて。伸ばした手をそっと取ってくれるから。
ボクはいつも嬉しくなる。
優しく頬をなでる褐色の指も、穏やかにかけられる声もボクだけに向けられている。
「どうした?何を、考えている?」
「……さあ、なんだろう。判らなくなっちゃった」
つ、と腕を掴もうとすると、君の肩が震えた。
「……すまない相棒。少し、待っていてくれるか」
「……うん」
少し、がどれくらいの時間なのか。よくわからないけれど。
ボクに拒む理由はない。だって君は戻ってきてくれるから。
「待ってるよ。君を、ここで」
「すまないな。すぐ戻る」
ふわり、と指で掬った前髪に唇を落として。
紫紺のマントをたなびかせ、君は再び、やってきた場所から姿を消す。
「……すぐ」
繰り返される言葉をかみしめるボクを、振り返らずに。

 

 

 

 

何も、見えない。
目を開けていても何が映り込むわけではない闇の中。
踏みしめたのは地面なのか。それとも別の何かなのか。
ざわざわと、集まってくる気配。それらの泣き声が、悲鳴が、呪詛が。聴覚を壊さんばかりに響きわたる。
恨むのも判る。呪うのも。怒号も悲鳴も、全てをオレに向ければいい。
だが。
「……それでも、オレは」
迫る気配。実体を持たないそれらが鋭利な刃と化して降り下ろされた瞬間、目を開く。
見えない。けれど、視ることは、できる。
「……っ!」
手にした剣は長短二振り。それぞれで悪意を受け止めるが、全てを受けるのは不可能だ。
抑えきれなかった、留めきれなかったいくつかの刃が、肩を、脇腹を、足を。それぞれをかすめ、突き刺していく。
ばちゃり、と足元で音が響いた。溢れ、ぼたぼたと零れていくものが何だと、考えるまでもない。
だが、大した問題でもない。失われる体液も、表面に刻まれる傷も。
身体の痛みなどどうとでもないのだ。

「……ハ、こんな、もの、で」
ぐい、と在らん限りの力で押し返す。肩の辺りでぶつりと何かが切れる感触。どくりと脈打つのは心臓か、併せて流れる深紅の液体か。
同時にこめかみをかすめる何か。頭部からこぼれたものが目に入る。闇に覆われ見えないはずの視界が赤く染まった。
「オレが、どうにかなると思うか?!」
叫び声と同時に振り払う双剣。
声ならぬ声が上げる断末魔と、ぎいぎい続き、やがて崩れ落ちる錆びた金属音。

「……ッハ、ア」
荒い息をついてその場に膝を落とす。そのまま片手をついた場所で何か小石のようなものががりりと崩れた。多分それは、乾ききった白いかけら。誰のものかも判らない、ヒトであったもののなれの果て。
どうにか手にしたままでいた剣を支えに立ち上がり、無限に思える階段を一歩ずつ上り始める。
地下に淀むそれらが上がってくることはない。ただ一人を護るために幾重にも重ねられたものが破られることはないのだ。
オレが、居る限り。
「……いま、戻る、ぜ」
意識が朦朧とする。感覚なんかとうに失われている。
けれど行く場所は、戻る場所はただひとつ。だから、迷うことはない。
唯一、光のある場所。オレにとっての、ひかり。
「あい、ぼ、う」
一歩、足を踏み出すごとにべたりと音がする。
ああ、この体液も止めて、傷も隠さなくては。
せめて見えることのないように。
心配をかけないように。
そして。
「すぐ、戻る、ぜ」
小さく笑って、オレは大きな扉を押し開けた。

 

 

 

 

中庭で、あふれる泉の流れを見ていたとき、君が戻ってきた。
「相棒」
ふわりと、優しく。いつものように君は笑うけれど。
流れてくる匂いに、ボクはもう笑ってなんか居られない。
判っているんだ。もう、誤魔化すことも出来ないんだ。
「……もうひとりの、ボク」
そう呼んだのがやっと。暖かい日差しの中でも、こらえきれなくなったものがぽろり、ぽろりとこぼれ落ちていく。
「どうした?!」
あわてた様子なのに駆けだしてこないこととか。
少しでも足を引きずってることとか。
ボクが気づかないとでも思っているのかな。君は。
「どうしたんだ?相棒」
間近に寄って、伸ばされた君の手を取る。ぐいと引き寄せるとほら、そんなに表情が歪む。そして、つうと血が流れ出す。
「……何してるっていうのは、ボクの台詞だよね」
一筋だけ。指先まで伸びてそこからこぼれ落ちそうになっている君の血。
それが留まる指先にそっと口づけて顔を上げると、この世の終わりみたいな表情をした君がいた。

「そんなにぼろぼろになって。君は何をしているの」
君がボクのためにくれたボクだけの玉座。動かない日溜まり。きれいな中庭。ここだけの、世界。
でも、これは。ここは。
ひくんと息を呑んで君に手を伸ばす。ひんやりとした肌の上を無造作に走る傷。いくつも、いくつも。
そして―――――何よりも濃い、血の匂い。
するりと頬から後頭部を伝い、髪に指を差し込んで君の頭を引き寄せ、全身で抱きしめる。
「ボクが、気づかないとでも思った?」
ばればれだよ。もう一人のボク。

言って、悲しげな瞳で見つめられる。
知られていた、のか。
恐ろしいもの、悲しい事。
お前を傷つけるなにもかもを。全てをお前から遠ざけておきたかったのに。
護るものを全て失ったオレが、唯一護れるもの。護るべきもの。だから、オレはお前を。
ぎゅうと抱きしめてくる腕が失っていた感覚を呼び戻してくれる。
ずきん、ずきんと。頭にまで響いてくる痛み。
「痛い、でしょう?」
「……少しは、な。でも、大した問題じゃない」
小さく呟いて肩の力を抜く。相棒の腕が暖かい。この温もりを護りたいと思った。共にありたいと思った。
永劫に。永久に。
「……ね、戻ろう?」
謡うように言い聞かせるように、流れ込む声。
「だが、オレたちは」
「……」
「ここから出れば、相棒とオレは、たぶん」
「……うん、でも、ね」
「恐らく」
「一緒に、いるよ」
優しい声が、何よりも傷に響く。
「あい、ぼう……っ」
離したくない。この、存在を。
じれったいほどゆっくりとしか動かない腕で、オレよりも小さな身体を抱きしめる。
唯一、オレの。
触れた場所から伝わるぬくもりと声。しみこんでいく言葉。
「ボクの心を、君にあげる。
ここに、君の心の中だろうこの場所に誓うよ」

 

いつしか痛みは消え、床が石畳に変わっている。
迷宮のようなオレの部屋。戻ってきたと、戻ってきてしまったと知るよりも先に、指先に触れた何か。


それが何か、何を指すか。
理解した瞬間、口元に浮かんだのは微笑。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――は永遠に君を愛し続ける

 

 

 

FIN




*谷山浩子さんの『王国』を聞いて『こっっエぇぇぇぇぇ!!』とか思いつつ滾って書いてしまった代物。綺麗で静かな曲って、歌詞が怖いと怖さ倍増ですよね。
大量出血の血まみれ戦闘が書きたかったというのもあります。頑張ったんですけどなかなか難しいです。
あと、王様の二刀流ってかっこよくね?!なんて思ったんですが、二刀流は細身の剣(レイピアや日本刀)でないといまいちバランスがよろしくないということを思い知りました。スパーダはかっこよかったんだなあ(TOI)
脳内ではこれ、映像なんです。
でもこれ、主観が王様じゃなくて遊戯さんだったら、怖いって言葉を突き抜ける『恐怖』だと思います。遊戯さんの思い切りは王様以上だから、そうなったらホントに恐怖だ。

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