Planet Of Dragon+

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呪力

 

「フ、ファラオオオオオオオオ!」


その絶叫と時を同じくして。
決闘をしていたわけではないというのに、どこかからか放り込まれたサンダーボルトがその場で炸裂する。

ばぢばぢと、まわりのものが帯電して火花を散らせている。
無意識のうちに相棒を腕の中にかばい、壁際まで後退していたオレは恐る恐る顔をあげ……少し後悔した。

「あなた様は、ことの重大さがお分かりになっておられないのですか!」
目が座ったままのイシズは、昔のマリクなんか比ではないほど恐ろしい。正直なにをやらかすか見当がつかない。
「聞いているのですか!!ファラオ!」
背後になにかを背負う彼女の表情に冷や汗と本能的な震えが来る。ヤバイ。
「ちょっとまてイシズ!」「言い訳なんて聞きませんっ!」
びしりと言葉を止めた彼女の手にはサンダーボルト。沸き上がる黒い雲、更に帯電する空気。とりあえず逃げようと相棒の身体を抱え込んだ腕に力を入れる。しかし。
「逃げられるとお思いですか?!」
サンダーボルト!
遠く近く、声が響いた。







「……失礼。少々取り乱しました」
「……あ、はは……」
右手を額に当ててため息をつく、数年たっているのに変わらない美貌のエジプト考古庁長官に微妙な笑いを返すしかない。『少々取り乱した』であの雷、しかも狙いは外していない。きっちりしっかり照準はもう一人のボクに当てられていたんだから、この人は凄い。怒らせないようにしないと怖い。今度から気をつけよう。
「お怪我はありませんか?いつもならちゃんと狙えるのですがその、少々我を失っていて。はっきりしないんです」
はっきりしないって、あれで。あの状態でテンパっていたっていうのか。ていうかいつもってなんだ。いったい誰相手に何をしてるんだ。ちゃんと狙えるってなんだ。
なんて、思うところもあるんだけれどとてもじゃないが聞けません。
……きっと、王家の谷あたりを盗掘から護るためにやってるんだ。うん、そうだそういうことにしておく!
そう、一人で納得してうなずきつつ、必死で手を振るという妙なことをやってしまう。
「い、や、大丈夫。ぜんぜん、なんとも!」
ボクは、ね。
引きつり笑いを返すボクの傍らで、もう一人のボクがへばっていた。ソファに深く腰掛け天井を仰ぐ口元からエクトプラズムでも流れ出しているんじゃないだろうか。満身創痍ってこの事言うんだよね。何とかなっているようだけど大丈夫だろうか。イシズさんの攻撃、多分、手加減はされていると思うんだけど、もう一人のボクはすこおしだけ雷の直撃を受けていた。これが決闘だったら即LP0だ。いや、マイナスだ。わけわからない特殊魔法カードでも出されたらきっと死んでいる。
「……イシズ、あのな……」
と、低いうめきのようなものを出しながら、ギギギ、ともう一人のボクが動き出した。見た目以上に頑丈なんだろうけど、やっぱりダメージは大きかったみたいだ。流石に心配になる。
「大丈夫?」
「大丈夫、ではない、な。全く、無茶が過ぎるぜ……決闘だったら即沈んでるところだ」
いやそれ違うだろ。逆じゃないのか。いまLP残ってるのが不思議だろ。
思わず突っ込みそうになるが、視線を上げた先のイシズさんの目がまたもや据わっていて、何も言えなくなってしまった。それはもう一人のボクも同じようで、言葉に詰まっている。
「……」
しかし流石に今度は何もしてこない。二人してびくびくしていると、彼女が深い深いため息をつく。
「……もう一度、お伺いします。ファラオ」
頭が痛い、とでも言うように、額に指を当て出された言葉。
「あなた様は、その名を遊戯に捧げた、と」
……出来れば、何度も言葉にしないで欲しいんだけどな。聞くたび心臓がうるさい。脳内にあのときの、表情と声とが再生されてしまう。出来れば一人でしまっておきたかったこと、なんだけど、な。
でもこれは、ボクが思うよりも重要なことのようで。聞いているイシズさんの表情はやっぱり引きつっている。
なのにあっさり、もう一人のボクは頷いてしまう。何か文句があるかとでも言うような表情で。
「ああ、間違いないぜ。さっきからそう言ってるだろう」
「……ファラオ……」
はあああああ、と。
ため息じゃないような長い長い息を吐いて、彼女はもう一人のボクではなくボクに、視線を向けてきた。真剣な目に射すくめられて、びくんと肩が震える。
……もしかしてボクか?!
「遊戯」
「はいぃ?!」
名を呼ばれて思わず息声が裏返った。しかもイシズさんの表情はもう一人のボクに向けるものと違うものになっていて。拍子抜けしたボクは子供じゃあるまいに、何回か瞬きを繰り返してしまった。
「あの名は、ファラオの御名は、失われていたことは知っていますね?」
「……はい」
真剣な声色に背筋を正し頷く。
もう一人のボクの名が失われていて、それを狙ったものがいた事も、それを探してボク達が記憶の遺跡に入ったことも昨日のように覚えている。忘れようもない。
「知っているかと思いますが、あの御名は自体が神の名です。失われて久しいとは言え、だからこそとてつもない力を持ちます。隠された神の名。発見されれば騒ぎになりかねません」
……それは、そうだろう。
全てのレリーフから削り取られて隠されていた名前。王族の名を歴史からも隠さなければならなかった理由は、きっとある。
「……なんとなく、わかってはいました。ボクもその力を見ていますから」
「大きすぎる力を、悪用されることを恐れたのでしょう。何処にもなかった神の名。正直何を起こすかも判りません。ですが……」
ここで、イシズさんの目がまたも据わったものとなる。向けられた先はボクではなく隣にいる、もう一人のボク。
「ファラオが『捧げて』しまったものは、もうどうしようもありません。本人からですから。私程度ではどうにもならないのです」
「返してもらうつもりもないぜ。あれは遊戯に捧げた。もうオレのじゃない」
……なんだろうか。この『捧げた』の応酬は。何度も言われるとどうしようもなく恥ずかしくなってくる。
憮然としたままのもう一人のボクを、引きつりながらしばらく見やって……本当に諦めたのか、イシズさんの視線がボクに戻ってくる。
「……なので、遊戯。あなたの名前を一部いただきます」

『……ハァ?』

これには、ボク達二人の声が綺麗に重なった。


「ファラオの御名が隠されたままなのはこの際いいのです。あの力は公にすべきものではありません。それこそ悪用されかねない。
ですが、エジプトの名誉にかけて。ファラオに名前がないような事があってはならないのです!」
最後だけは力強い声と同時に、ばしっとオレの目の前に突きつけられたのは旅券。パスポートという奴だ。
オレと相棒はいったい何が起こったのかイマイチ理解できなかった。二人並んでその冊子を呆然と見つめていると、じれたらしいイシズの細い指がページをめくる。最後に出て来たページ、そこに記された名前に、オレは息を止めた。

「……ユウギ……」
ユウギ・A・イウ・ス・イル・ス
これは……
「今まで、ユウギと呼んで来た名をいきなり変えるのでは違和感が残るでしょう。日本の彼らも、きっと。
ですから、遊戯。あなたの名前を一部、いただきました。
今日からこれが、あなたの名です。ファラオ」
がばり、と顔を上げる。
するとそこには、先ほどとは全く違う、柔らかく微笑むイシズがいた。
「イシズ、これ、は」
「……三千年もの間の孤独に耐え、役目を無事終えられたファラオに、今を生きる私たちから、心ばかりの感謝があってもいいでしょう。
就労ビザは取得済みです。あちらでも問題なく、仕事が出来ます。
とりあえず今は、エジプト考古庁に関わっていますが、一時的なものですから」
「あちら、って」
ようやく事が見えたらしい相棒が、こちらも呆然とイシズを見つめている。
二つの視線を受け、にっこりと、彼女が綺麗に微笑んだ。
「お二人で、帰れるんです。日本へ」


この瞬間のことを、オレはきっと忘れない。
忘れられない、と、思った。




「帰った先で、出来れば早めにお仕事見つけてくださいね?」


付け加えられたイシズの言葉も。






「に、しても」
空港内で、手渡されたパスポートを見ながら苦笑が漏れる。
「どうかしたの?」
搭乗手続きを終えた相棒が、オレの隣から手元を覗き込んできた。「ああ」と短く答えて、指先でオレの名を示す。
「イウ・ス・イル・ス。これは、『オシリス』の意味だ。
相棒に捧げた名とは違うが……神の名で守護するつもりなんだろう。
言霊の呪力。いざというときはそれででオシリスでも呼べ、って事なんだろうな」
相棒にとっては想定外もいいところだろう。オレだってそうだ。
「……手紙でも、書いたら」
「ああ、そうだな」
相棒の提案に頷いて、オレは小さく笑った。



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